犬との旅行プランナーのキャンディです。
犬と一緒に旅に行くときのお手伝いをします。
今回、愛犬と奈良県明日香村の甘樫丘の麓にある、古宮遺跡(伝推古天皇小墾田宮跡)などの日本国発祥の地を巡るプランです。
1おすすめ
(1)古宮遺跡(伝推古天皇小墾田宮跡)は、日本初の女性の天皇である推古天皇が住んだ場所で、奈良県明日香村観光では石舞台古墳、亀石と同じく外せない場所です。
その理由は、半世紀以上も変わらない変哲な風景で、又、半世紀後も変わらない風景が続いているからです。来た人しか味わえない風景を見に来ませんか。何年か後、再び訪れる場所となります。
場所は甘樫丘麓から歩いて15分弱で着くことから、甘樫丘へ観光した後、ぶらりとよってください。
また、この地域は、世界遺産候補地であり、古宮遺跡は、世界遺産候補関連資産です。
1本の木が建っている場所が古宮遺跡(この木が、明日香村観光の象徴です。)
(2)雷丘(いかづちのおか)
明日香村で古墳ではなく、丘として命名されている2箇所の内の一つ。標高110mほどの丘で、雷神が落ちていた所。
雷交差点の角にあり、丘になっています。
(3)自然が残る明日香村周辺
都会では、中々見れない鳥や花が見れる事があります。5月に入るとうぐいすが鳴き、6月にはホタルが見れる地域もあります。
川岸を歩くアオサギ。背の高さは90cm程度あり、川岸や田んぼでたまに見ることができます。夕暮れ、クワーと鳴いて飛んでいます。
警戒心が強く、近寄ると直ぐに飛んでいきます。
🔴最後に、夏の犬旅や子供のスポーツ時の事故防止、安全対策に夏用スポーツマスクを紹介。
2 一行 犬(キャンディ)とお供2名
3 乗り物 自動車1台
4 旅程
(1)車移動コース
奈良県橿原市内大和八木駅前広場スタート→国道24号→橿原市役所東交差点左折→国道165号→醍醐西交差点右折→国道165号→縄手町交差点左折→ファミリーマート橿原下八釣店角の交差点右折→県道124号→あすか夢の楽市駐車場→徒歩
※旅程時間 約20分
(2)徒歩コース
あすか夢の楽市→雷丘→古宮遺跡→向原寺(豊浦寺跡)→甘樫坐神社→難波池→甘樫丘ふもと→あすか夢の楽市
※所要時間 約30分
凡例:🟡 あすか夢の楽市
🔴 古宮遺跡
🔵 雷丘
🟣 甘樫坐神社
🟠 向原寺(豊浦寺跡)
🟤 難波池
⚫ 甘樫丘
5内容
(1)雷丘(いかづちのおか)
あすか夢の楽市から、愛犬と歩いて10分程度で着きます。
雷丘は、標高約100mの丘。実際の周辺からは、約10m。
明日香村や橿原市に住んでいると、金剛山や葛城山で雨曇が発生し、雷⚡を従いながら雨の境がよくわかる雨曇が、大和盆地を西から東へ横断して明日香村や橿原市へ迫って来るのが、よく目撃します。飛鳥時代、雷⚡は、今、以上に恐怖に感じたのでしょう。
雷丘の由来は、雄略天皇の時代(第21代天皇 457年から479年在位)に、雷丘に落ちていた雷神を宮殿に運んだが、宮殿内で雷神が激しく光ることから、恐れて、雷丘に戻して、祀った場所から地名が付けられたとの事。
雷丘の麓に雷丘の説明板があります。
説明板には、
「大君は神にし座せば天雲の雷の上に廬らせるかも」柿本人麿呂
大君は神でいらっしゃるので天曇の中にいる雷の上に仮の宮殿をお造りになっていらっしゃることだ
約15年前、調査のため丘の木々の伐採と発掘調査を実施され、丘に登る階段も整備されたとの事。
雷丘に登る手すり。
ただし、雷丘頂上からの眺望を見てみたいものですが、現在は、階段に枯れ草が積もり滑る事から、今回は、愛犬と登るのは断念。中世の城郭🏯跡があったとの事。
(2)古宮遺跡(推古天皇小墾田宮跡)(ふるみやいせき、すいこてんのうおはりだのみやあと)
雷丘の側の細い道を行き集落を抜け川を越えると、5分程度で古宮遺跡の象徴の木がみえてきます。
遠くに畝傍山が望めます。明日香村観光のパンフレットや書籍の表紙に採用される場所。この風景を見ると明日香村に来たことを実感します。
特に、6月の田植前の田んぼに水が張られた時期、田んぼが水鏡になり、畝傍山に沈む夕日🌇の風景と11月頃の彼岸花があぜ道に咲き乱れる風景は、再び訪れたくなる風景です。
令和3年6月9日の風景
稲刈り後の風景
推古天皇が豊浦宮の後、603年から25年間宮室となった小墾田宮の場所。推古天皇は聖徳太子、蘇我馬子に命じて、冠位十二階の制定、憲法十七条の選述、遣隋使の派遣、天皇記・国記などの諸改革をここで行ったとの事。
ただし、昭和62年(1987年)に雷丘東方遺跡の江戸時代の井戸から、多数の小治田宮と書かれた土器が発見された事から雷丘東方遺跡が小墾田宮跡となった。現在、古宮遺跡は、蘇我氏宅の庭園跡と言われているとの事です。
(発掘調査から新しい発見が起こり、定説が変わる事が多くあります。)古宮遺跡の配置図古宮遺跡の配置図内、現在地がこの説明板の位置。古宮土壇を望む。
古宮土壇(ふるみやどだん、こみやどたん)
土壇とは、土を盛って周囲に対して一段高く構えた場所。 何に利用されたは不明。
(3)甘樫坐神社(あまかしにますじんじゃ)
甘樫丘の神社。(近隣に大和三山として、畝傍山、耳成山、香久山があり、それぞれに山の神として神社がある事から甘樫丘の神社と個人的に推定しています。今は、推古天皇を主祭神としています。昔の写真で、甘樫丘から付近の村落内に鳥居があった写真があったのですが、この神社の鳥居だったのか?
拝殿へ進みます。
古代の裁判で、熱湯の中にある小石を取らせて正しい者には火傷をせず、偽りのある者は火傷をする。
拝殿の横に立石があります。明日香村の謎の石造物の一つ。結界の一つとも言われています。
立石の前で、毎年4月の第1日曜日、午後2時から伝統行事の盟神探湯神事が執り行われます。催事では、手の代わりに笹の葉を熱湯に入れ、色が変わらなければOKとの事です。
(4)向原寺(豊浦寺跡)こうげんじ
甘樫坐神社の横が向原寺です。
ここの場所は、最初、蘇我稲目が向原の家を建て、百済から日本へ献上された仏像を祀った後、推古天皇が豊浦宮を建て、日本最大の尼寺である豊浦寺となり、現在、向原寺となった場所です。
ここは、推古天皇が初めて即位した日本最初の宮殿(豊浦宮)があった場所。592年から小墾田宮に移る603年まで、政治の中心であった。急きょ、即位したことから蘇我家の邸宅を一部借りて仮宮としたとも言われています。場所的に、甘樫丘のふもとの高台で、川の氾濫も影響の少なく、反面、川から船で来れる交通の便利な場所と推測されます。
豊浦寺跡の解説看板。「603年推古天皇が豊浦宮から小墾田宮に移った後に、豊浦寺を建立したとされている。近年の発掘調査で、寺院の遺構に先行する建物跡がみつかり、これを裏付けているとのことです。」
境内。正面が本堂。本尊は、阿弥陀如来。お願いすると拝観が可能との事。整った境内でした。
豊浦寺の時代、丹比真人国人の一首「明日香川行き廻る丘の秋萩は今日降る雨に散りが過ぎなむ」です。故郷の豊浦寺を懐かしみ「明日香川が流れまわる丘の秋萩は今日の雨で散ってしまうのだろうか」と歌った。
本堂の横に豊浦寺講堂跡遺跡があります。
石敷が見れます。なお、本堂の前に、発掘調査時の新聞記事等が展示されています。
(5)難波池
向原寺の前の道路にはいつも花が飾られて、旅人や犬の疲れを癒してくれます。
向原寺を出て、道路沿いを歩くと直ぐに難波池に着きます。
538年に、国内に疫病が流行したため、向原寺にあった、百済の聖明王から献上された仏像を、排仏派の物部尾興などが、外国の神である仏像を祀ったことに対する日本の神の怒りであるとして、仏像をこの難波池に投げ捨てたと言われています。
その後、600年に、本田善光がを通りかかったところ、阿弥陀如来像が水中から現れて背に乗ったと言われています。現在、長野県の善光寺に阿弥陀如来像は祀られています。
なお、池の真ん中に祠が建てられ、現在に至っています。
池の深さはあまりなさそうですが、中には、鯉が泳いでおり愛犬も興味津々
(6)甘樫丘ふもと
難波池から、甘樫丘の豊浦側入口方面に向かいます。途中、田んぼの間を歩くなど、明日香村を堪能できます。
田んぼの間を歩いて甘樫丘豊浦入口へ
ブラシの木 開花時期は5~6月。まるで瓶などを洗うブラシのようです。
花言葉は、赤い花びらが開花後に落ちるのが早いことから「はかない恋」と遠くから見ると炎のようから「恋の火」。
甘樫丘の豊浦側にある飛鳥川。
🔴スポーツマスク
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以上で「犬と一緒に行く世界遺産候補に関連する奈良県明日香村小墾田宮跡ぶらり旅」を終わります。