犬との旅行プランナー🐶です。
犬と一緒に旅に行くときのお手伝いをします。
奈良県橿原市在住で、普段、SNSで奈良県内明日香村、橿原市、桜井市、高取町などの愛犬と行ける史跡などを紹介しています。
今回、奈良県明日香村檜前にある、於美阿志神社と檜前寺跡へ愛犬と訪問しましたので紹介します。
なお、於美阿志神社と十三重石塔、檜前寺跡周辺の犬のマナーは必須です。
1 於美阿志神社の現在と、飛鳥時代・檜前寺の記憶

(明日香村にあるキトラ古墳周辺公園に隣接する木立の中に鎮座する於美阿志(おみあし)神社。)
観光地として大きく取り上げられることは少ないものの、この場所には、飛鳥時代から連なる時間の層が静かに折り重なっています。
2 現在の於美阿志神社が伝えるもの

(現在の於美阿志神社は、質素で落ち着いた佇まいの神社です。)
社殿は決して大きくはなく、周囲の自然と調和するように建っています。
人工的な装飾がほとんどないため、ここでは「神社を見に来た」というよりも、土地そのものと向き合っている感覚が強く残ります。

(本殿前、愛犬と撮影)
境内に立つと、聞こえてくるのは風の音と鳥の声だけ。
明日香らしい静けさの中で、ここが古代から人々の祈りを受け止めてきた場所であることを、自然と意識させられました。

(境内にある手水鉢と小型の鳥居)
この小型な鳥居はいつ奉納され目的は不明ですが、一般的に鳥居をくぐり抜けると病気平癒、良縁、子授けなどの願いが叶うと言い伝えられています。有名な小型な鳥居は熊本県宇土市栗嶋神社などがあります。
🔴於美阿志神社基本情報
・名称 於美阿志神社(おみあしじんじゃ)
・住所 奈良県明日香村檜前594
・参拝時間 24時間
・駐車場 キトラ古墳周辺地区公園の駐車場利用
・祭神 阿智使主神夫妻二柱(あちのおみかぶつきふたつばしら) - 東漢氏祖神(やまとのあらうじかみ)
※阿智使主神夫妻二柱:百済からの渡来人である阿智使主(あちのおみ)とその配偶神
・概要 第15代応神天皇の代に渡来した阿智使主の居住地跡とされ、7世紀後半には東漢氏の氏寺とされる檜隈寺が建立されましたが、その後、廃寺となり、1907年(明治40年)に本殿が移築され、檜隈寺の鎮守社として当社が創建。
・位置図
・アクセス
下記のリンク先にアクセス方法や隣接するキトラ古墳周辺公園について記載しています。
犬と一緒に行く世界遺産候補明日香村キトラ古墳周辺地区公園ぶらり旅(散歩編) - 犬との旅行プランナー
3 境内奥に立つ十三重石塔という異質な存在

(愛犬と十三重石塔)
於美阿志神社を語るうえで特に印象的なのが、境内奥に建つ十三重石塔です。
神社の境内に塔があるという光景は、一見すると不思議にも感じられますが、この塔こそが、この地がかつて仏教寺院と深く関わっていたことを今に伝える存在です。
十三重石塔は、神仏習合の時代を経て残されたものとされ、ここが単なる神社ではなく、宗教的に重層的な空間であったことを物語っています。

(平安時代後期に造られたと考えられる十三重石塔。現在は石塔の上部が損壊しているため十一重となっている。)
神道と仏教が明確に分けられる以前、祈りはもっと柔軟で、人々は同じ場所で神に祈り、仏に願いを託していました。
十三重石塔は、その時代の空気を、今も黙って語り続けているように感じられます。
4 飛鳥時代・檜前寺

(飛鳥時代の丘の上に建つ檜前寺の想像図)
檜前寺の推定規模は、寺域全体 およそ 東西200メートル × 南北200メートル前後と考えられています。

(於美阿志神社内の檜前寺説明板)
檜前寺跡(ひのくまでらあと)
檜隈寺跡は、日本で仏教が受け入れられ、寺院の造営が奨励された飛鳥時代に建立された寺です。東アジアとの交流のなかで渡来した氏族が、自身の拠点である檜前の地に氏寺として建立しました。
伽藍の正面である中門は、地形に合わせて丘陵の西側に配置され、南西方面を正面としていますこのような方位に沿わない伽藍配置は飛鳥の宮都では珍しい例ですが、百済の宮都周辺の仏教寺院に類似しています。
また、講堂の基壇には瓦が積まれており、これは百済の寺院で一般的に用いられている技法です。
檜前寺に関する最も古い記録が686年であることから、それ以前に創建されたことがわかります。出土した瓦から金堂と西門が7世紀後半、塔と講堂が7世紀末に建てられたと考えられます。
ここには記載されていませんが、檜前寺(ひのくまでら)は、渡来系氏族である東漢氏と深い関係をもって建立・運営された寺院である可能性が高いと考えられています。
※東漢氏は5~6世紀頃に朝鮮半島を経て渡来した人々を祖とする氏族で仏教・建築・行政に精通していたと言われています。また、日本における仏教受容の初期から深く関与しており、飛鳥寺(蘇我氏)と並んで、仏教文化を支えた技術者・実務集団としての役割を果たしていたと言われています。
つまり、檜前寺は、「東漢氏自身の信仰の場」、「王権・皇族と結びついた祈願寺」という二重の性格を持っていたと考えられています。

(檜前寺伽藍配置図)
金堂と講堂を回廊で結び、中に塔が建った伽藍の配置図。

(於美阿志神社横の講堂跡)
礎石が残ります。

(檜隈寺塔の心礎のレプリカ。)
ここに塔が建っていたのでしょうか。
5 最後に
檜前寺は、7世紀頃の飛鳥時代、仏教が国家と深く結びついていた時代に営まれた寺院で、この檜前の地一帯が、政治と信仰の重要な拠点であったことを示しています。
現在、檜前寺は寺跡として静かに残るのみですが、その宗教的な役割や記憶は、於美阿志神社と境内の十三重石塔に引き継がれているようにも思えます。
神社としての於美阿志神社、仏教的象徴である十三重石塔、そして飛鳥時代の檜前寺。
これらは別々の存在でありながら、同じ土地の歴史の連続線上にあります。
ぜひ、愛犬と日本の創設の歴史が眠る明日香村に訪問してみませんか!
6 その他
🔴檜前寺跡は「飛鳥・藤原の宮都」の世界遺産の構成遺産の一つです。

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「飛鳥・藤原の宮都」については、下記のリンク先から見る事ができます。
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以上で「愛犬と歩く明日香村の古層 ― 於美阿志神社と十三重石塔、檜前寺の記憶(令和8年1月)」を終わります。
